定本 実録大江戸奇怪草子 忘れられた神々

ありとあらゆる魑魅魍魎が跋扈した江戸時代―本書は、そんな江戸時代に伝わった不思議な話を選りすぐり、一冊に纏めた著作である。全部で100話近くを収録している事からもお解りのように読み応えは十分。然も非常に読み易いので、江戸の怪奇譚に興味がある方なら誰もが楽しめるに違いない。狐と狸、天狗、河童等の妖怪は言う迄もなく、付喪神、疫病神、そして所謂“化物”や幽霊等々、とにかく話題が豊富である。特に、やはり狐に纏わる話が多いのは当時の人々がそれだけ狐の怪を信じ、未解決の事件は全て狐の仕業にして来た事の証でもあろうか…その一方で、中世の説話集等では頻繁に登場する鬼の話が皆無に等しいのは意外でもあった。江戸時代には既に鬼に対する恐怖は消え失せていたのか、或いはそれ以上に恐ろしい存在が現れたのか…私は門外漢なので詳しくは解らないが、何れにしても、本書を読むと江戸の人々が何を畏れ、敬って来たのかという事が良く解る。更には、例えば最後に収録されている「南蛮人の秘術」（オランダ人が不思議な術を使ったとされる話）の結論を“キリスト教の妖術”としている所は、まだ当時の人々がキリスト教を良く知らなかったが為に（本来、キリスト教は怪しげな術を使う宗教ではない）、彼等の事を何処か神秘の目を以て見ていた事が解るので、非常に興味深かった。因みに「実際に体験した何某から聞いた」「報告があったので書面として残した」等の追記があるのも特色であり、どの話も怖くは無いものの、全てが実話（少なくとも当時は信じられていた）だという臨場感があって一層面白かったように思う。怪奇を通して江戸庶民の日常を垣間見る事が出来る一冊。皆様も、本書とともに江戸時代の市井を覗いてみては如何であろうか。