思想 2019年 06 月号 [雑誌]

コーテュームの「オットー・ブルンナーとナチズム」論文が秀逸である。結論に当たる本稿では、歴史家オットー・ブルンナーの功罪を論ずる。中世史家オットー・ブルンナーが描いた理想の歴史像は、旧ヨーロッパ的世界に長く君臨した地主貴族による「全うき家支配」であった。ウェーバー的に表現すれば、「家父長制的支配」ということになろう。それは、古典ギリシアの男性的・貴族的な英雄像を源流とする。その頂点が中世から近代まで長く君臨した領邦君主であった。その歴史的起源は、ブルンナーの出身国オーストリアのオストマルクである。主著『ラントとヘルシャフト（領邦と支配）』では、私闘（フェーデ）の廃止を領邦国家成立の歴史的起源とみなす。 ブルンナーは、暴力行使を一元的に統合することによって近代国家が成立したと考えたのだ。それは同時に国民国家（民族国家）の形成を意味した。近代成立の意味を言語から捉えたものが、『歴史基礎概念事典』であった。この事典の共同編纂は、歴史家ブルンナーの最大の功績である。マンフレート・リーデルの『市民社会の概念史』や、ハーバーマスの『公共性の構造転換』など、一部邦訳があるが、大部分は未訳である。是非、邦訳を実現してほしいものだ。前近代から近代への移行がいかなるものであったのかについて再考する格好の契機となるに違いない。著者が指摘した論点において重要なのは、ブルンナーが「支配者と被支配者」の歴史フレームを使って歴史を把握していたことである。「領邦君主と領民」、「総統とドイツ民族」等の歴史的枠組みが考えられる。こうした枠組みの適用を正当化する歴史が、法制史や国制史である。著者はブルンナーを「ナチ」の歴史家であったと結論付ける。これは正しい。しかし、『ラントとヘルシャフト』、『歴史基礎概念事典』で究明された歴史的事実の検証は、今後の課題である。ブルンナーの歴史研究が読まれることを期待したい。お勧めの論文だ。